東京の豪邸から宮崎のボロアパートへ

なんだか今日は不思議な夢を見ました。昔に戻っていたんです。自分が小さい頃に。

実は、小学生に上がるまでは裕福な家庭で育ってたんです。父が会社経営をしていたからです。ところがその生活は長くは続きませんでした。

ちょうど小学生に上がって間も無く転校することになりました。私立の大学まで一貫の教育だったのに、公立小学校へ転入することになったんです。このとき初めて宮崎に来たのです。父の実家が宮崎市だったので色々顔もきくし実家の近くで住もうということだったんだと思います。

家も1戸建の大きな家から、ボロボロのアパートになり子供ながらに父親の会社の倒産を悟りました。大きな借金を抱えた生活は非常に苦しかったものの、幼かったせいか順応力は高かったと思います。

何度も電気や水道は止まりました。水道は止まらなくても節約するために、夜になれば家族で夏場は公園に行き、こっそり水道をシャワー代わりにしました。朝も早く起きて近くの公園に行き学校へ行くために顔を洗い、歯磨きをしました。スーパーの激安売りはまるで戦争に行くような気持ちで家族でフォーメーションや作戦まで練り命がけに近かったです。

そのうち、姉がアルバイトを出来る年齢になり宮崎駅前のファーストフード店でアルバイトを始めました。なぜならば廃棄前にたくさんチキンやハンバーガーをもらえると聞いたからです。よくチキンは持って帰って来てくれたので、冷凍したりしました。

食べ方もいろいろ工夫しました。米と炊いてリゾットにしてみたり、皮部分を外して肉を割いて違う料理に使ってみたりと多様に使いました。もちろん皮部分は捨てずにフライパンで軽く焼いてオヤツ代わりにです。ハンバーガーも始めの頃はそのまま食べていましたが、飽きるとこちらも解体して様々な料理に変わりました。パテ部分はロールキャベツの具になることもありましたし、餃子の具になることもありました。母が料理好きで良かったと思います。

そのため遠足に行く時などのお弁当も、とても豪華に見えるよう作ってくれたので恥ずかしい思いはしませんでした。もちろん、お弁当の彩りのレタスはハンバーガーの解体されたものでしたが……。

貧乏な生活で辛いこともありましたが、そういった料理好きの母と共に過ごした事が今に繋がりました。今私は料理好きが好じて、今の夫を掴む事が出来幸せな生活を送っています。